三重県で生まれ育っても、伊勢参りをしたことがない人がいる。神さまとのご縁は人それぞれだから、良い悪いで決めることは出来ないと思うが、あの素晴らしい空気感を味わうことなく一生を終えるのは残念だ。太古の昔からの聖地がある三重県で暮らしていながら、行くことがないなんて、もったいないよね。
ところで、おかげ横町が観光として成功した影響で、外宮を参拝せずに内宮のみ参拝する人がいる。そういう人は、二見浦の存在も知らないだろうし、朝熊山の金剛證寺なんて聞いたこともないだろう。津観音も多度大社もわからないかもしれない。
片詣りという言葉がある。果たしてそれは、昔の旅籠が商売繁盛のために考えたものなのか?本来の参拝に必要なものなのか?どっち何だろう。
津観音も多度大社も金剛證寺も県内で詣でないと肩詣りと言われる神社仏閣である。県外なら多賀大社と熊野三山もそうだ。参拝する人がせっかくだからと足をのばす場所だったのか、旅籠の戦略なのか?
時々、何故か、考えてしまうのである。神さま仏さまに質問したら、答えがあるのかなあ。こんなことを考える暇人はいないかなあ?
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